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2016年3月27日 (日)

クライメート・ジャスティスの観点からCOP21交渉と原発再稼働を考える(その2)

昨日開かれたワークショップ「クライメート・ジャスティスの観点からCOP21交渉と原発再稼働を考える」の報告の続きです。

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明日香さんに続いて、ATTAC関西の春日匠さん(科学技術社会論)の報告を紹介します。

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 ATTACのメンバーとして社会運動の立場から発言したいと思います。温暖化対策のためにこそ脱原発を進めなくてはいけないというのが主張したいことです。そのためには、「平和と脱中心化のためのソフトエネルギーパス」が必要だということです。

(1)自然資源の過剰使用と過剰排出

まず、環境問題全般を見渡してみる必要があります。ストックホルム大学にある Stockholm Resilience Centre が発表している、地球環境問題を示した図をみてみます。Planetary Boundaries (地球の臨界点)と題されたこの図は、現在地球が抱えている、主要な九つの環境問題を図示したものです。

・気候変動 Climate Change

・バイオスフィアの十全さ(遺伝的多様性と機能的多様性) Biosphere Integrity

・窒素及びリン汚染  Biochemical Flows (Nitrogen and Phosphorus)

・土地利用の変化(森林を農地、道路、都市に転換すること) Land use change (forest conversion to croplands, roads and cities)

・新規物質の放出 Release of novel entities

・エアロゾル負荷 Atmospheric Aerosol Loading

・淡水の過剰利用 Fresh Water Abstraction

・海洋酸性化 Ocean Acidification

・成層圏のオゾン層破壊 Loss of Stratospheric Ozone

 バイオスフィアの十全さと表現されているのは、所謂「生物多様性/Biodiversity」のことです。

 また、一見して気がつくのは、生物多様性の機能面は他の問題に比較して複雑ですが、他の問題はすべて、資源の過剰利用か、利用した資源の過剰排出に関わるものです。また、これらの「過剰利用、過剰排出」が始まったのは、産業革命のときからです。

(2)環境債務

産業革命以降、300年経っています。日本の産業革命は、ヨーロッパから100年遅れて始まりました。第三世界では、20世紀後半からでまだ半世紀経っていません。300年間使い過ぎた国としては、使い始めた国に対してどのようにバランスをとるのかという責任の問題があります。この第三世界に負っている責任を「環境債務」と言ったりします。北の国々は南の国々に対して、借金を返せとやかましく言っていますが、逆に払わなければならない債務があるという考え方です。これは、グローバルな公正さのために、南北両方の社会運動が連携して取り組んでいくべき課題であろう、と思っています。

(3)平和と脱中心化のためのソフトエネルギーパス

 地球レベルで取り上げた時、ゼロエミッション社会をめざさなければなりません。誤解を恐れずにいえば、地球温暖化が嘘だったとしても、結局はゼロエミッション社会をめざさなければならないのです。ゼロ・エミッションを目指していく上で、化石燃料依存か、原子力依存かの二択である、というのは間違っており、まず原子力への依存をやめることで、はじめて化石燃料への依存を軽減できるのです。

 これは主に二つの理由によるものです。

 第一に、原子力発電は建設のために巨額の資金を必要とする巨大プロジェクトであり、また、近年、安全性に体する要求が高くなっていることを反映して、建設コストは上昇を続けています。従って、原子力は長期的なエネルギー消費予測に基づいて、国家や大企業によって建設され、数十年かけてその資金が回収されます。しかし、すくなくとも先進国では数十年前に予想されたほどはエネルギー消費は伸びていません。これは、人口や経済規模が予測されたほどは大きくなっていないこと、省エネ技術や代替のエネルギー技術が発達したことなどによります。例えば、省エネ技術の発達は喜ぶべきことであるはずですが、国家が原子力のセクターを持ってしまうと、これに投じた巨額の資金や養成してしまった人材を持て余すため、省エネをしたくないという勢力が国家内に出現します。

 一方、自然エネルギーの多くは小規模です。火力発電所は小規模とは言いがたい設備ですが、それでも一基あたりのコストは原子力の比ではありません。こうした技術の最大のメリットは、もし必要がなくなれば撤退が容易である、ということです。アメリカの環境学者エイモリー・ロビンスは、前者の、まずエネルギー消費予測があって、それに見合う発電量を中央集権型で供給するシステムを「ハード・パス」、それに対して分散型で地域に即したエネルギー供給を確保する道を「ソフト・パス」と呼んでいます。そして、原子力の最大の問題は、それがハード・パスを前提とせざるを得ないことであり、原子力を利用している限りは、省エネを阻害する圧力として機能する(そうでなければ巨額の投資は無駄になる)、ということを指摘しています。これが、原子力が環境問題の解決にならない、第一の理由です。

 第二の理由は、それが対外的には戦争、内部的には警察国家を前提としたシステムである、ということです。現在、原子力に使われているウラニウムは希少資源で、それを確保するためには資源獲得競争に勝たなければいけません。資源獲得競争はもちろん、直接的な軍事力の行使によって行われることもあります。また、日本はこれまで直接的にこれに加担してきた訳ではありませんが、アメリカを中心とした西側世界による世界支配の恩恵を受けていることは疑いを得ません。また、直接的には、例えばカザフスタンのような独裁国家を積極的に支援することで、当該地域の人々の人権を犠牲にして資源を確保している訳です。また、長い資源の供給ラインは軍事力によって守られなければ行けません。核物質は兵器転用の可能性もあり、そういった技術を持たないグループであっても単に放射性物質をまき散らす兵器(Radiological Dispersal Device (RDD) )、所謂「汚い爆弾(Dirty Bomb)」として利用が可能なため、この安全性はより厳格に守られなければ行けません。もちろん、これは国内であっても同様であるため、放射性物質を管理するということは、そのために監視国家をつくりあげる、ということになるわけです。戦争は最大の環境破壊ですし、警察国家においては人権は抑制されるばかりか、自由な情報交換、市民による政府や大企業に対する監視活動、ソフト・パスのための自由なイノベーション、といったことが阻害されることになるわけです。

 われわれは、人権を尊重する社会を守りつつ、ゼロ・エミッションを目指していくために、原発への依存をやめなければいけません。また、これは火力発電を利用せよ、ということでは勿論なく、海外からの資源への依存を徐々に減らしていき、ゼロ・エミッションを達成しなければいけません。しばしば、「火力か、原子力か」という議論がされますが、少なくとも原子力への依存は、化石燃料への依存から人類を脱却させる訳ではなく、より深い依存へと引き込むことは明らかです。逆に言えば、原子力への依存から脱却することは、将来の化石燃料依存からの脱却のための、重要なステップであるわけです。

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